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窯ぐれ (2018/7/24 12:59:26)
現在データベースには 69 件のデータが登録されています。
素描、二曲
(2017/11/26 11:25:00)
「素描、二曲」と、題した作品。2017年10月21日に描いたものから、敢えて2点を並べたみた。片や曲線の集合で対象に迫ったもの、此方直線で掻き入ったもの。二曲の意味が理解されるだろう。場の臨場感、共有性といった存在の定着は、無数の線の重なり具合から得られる表現だろう。
素描、一枚
(2017/11/10 11:29:19)
クロッキーにおける臨場感の本質性こそ如何に大切であるか。リアリティなきそれは、木偶の如しとも。今週は、体調不良体調不良のため、休むことにした。これは、先週のさらに一枚である。
素描、臨場感とは
(2017/11/6 11:20:00)
クロッキー、、対象と向き合う、対話をするその場の必然性、そこにおいての場所性というものは必須である。場を離れた途端その必然なる対象は存在をしないわけである、存在なきものを存在させるとは空疎なる幻影に過ぎないものとなる。それをあたかも対象を前にして一枚の紙に定着させたかのごとく、速写とは何かを理解できない行為、状態性というものを無視
...
素描、今週の一枚
(2017/10/29 16:09:00)
週遅れとなってしまった。興の湧かない対象であった。舞うことを知らぬ、その通俗的踊りの繰り返しに飽いた。これは、塊として捉える、これに尽きる、そんな一枚か。
素描、今週の一枚
(2017/9/24 10:29:00)
今週の一枚。休憩衣装で入ってくる対象に接する途端、その緊張状態が崩れることがある。対象をして凝結物としてしまう瞬間だ。何とか持ち直そうと捏ねてみる。溶解された対象は、少しずつ他者の他者たる他者性を表す。まず添うてみると言うことだろう。それにしても、場所性に照らしても対象に対するポーズの注文は、仕切るつもりの勘違いであるだろう。
素描、今週の一枚
(2017/9/17 11:14:00)
今週の一枚。今週も変則的に2点。人体、即立ち姿は、日常的認識である。それが当然のごとく自己完結された対象として。存在が存在にとどまらない開かれたものとして、その日常性を抽象性を、解放したものとしてもう1点を。
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